(この記事は2017年7月22日の記事に加筆修正を加えたものです)

名古屋大学で開催されたセミナー(H29/7/21)

大学入試センター名誉教授 荒井克弘氏による 『高大接続改革』に欠けていたもの

に参加しました。

日本の学制には、高大接続課程がない!

教育再生実行会議と中教審は、高校教育、大学入試、大学教育の三位一体改革を謳い、高大接続改革の新たな枠組みを設けました。

これまで切れ切れになっていたこの3つを、(社会に出てからも活躍できる人材を育成できるようにすることも含めて) 1つの流れの中で結びつけようというのです。

中でも私が気になっていたのが、センター試験に代わって2020年から実施される新テスト。

また 今後は、志望理由書、ポートフォリオ(学びや経験の履歴書)などを入試に取り入れることで、人物を多面的に評価する、という流れがあるということ。

入試が変われば、高校教育は知識の詰め込みから解放されおのずと変わる、というわけです。

その是非や実現可能性は、ちょっと横に置いといて…

荒井教授によると、憂慮すべき点はそこではない。

日本の戦後の学制には、高校と大学の接続課程がないことこそが問題である。

そこのところの議論を尽くさないままに、入試制度をちょこっと変えたからといって、主体性や思考力や表現力などを育成できるはずがない。

改革すべきは試験よりも教育課程そのものである。

なるほど、そうなのか!開眼。

日本に生まれ育ち、日本で子どもを育てている私は、欧米には高大接続課程が存在するってことすら知りませんでした。

日本の子どもたちが大学を受験するためには、たいてい高校1年の秋に文系に進むか理系を志望するかを決めなくてはなりません。

そして、それが当たり前で、それに従うしかない、と私も思い込んでいたのです。

その一方で、疑問も感じてはいました。

まだ人生経験の浅い15、6歳の時点で、将来の進路を決めるなんて無理だよね?

実際、高校生の娘たちが「将来どんな仕事に就いたらいいのか分からない」と訴えたときには

「そりゃ、分からないのが普通だよ。医者になりたいとか弁護士になりたいとか思っていないなら、今決めなくてもいいよ。お母さんだって、高校生の時に 国語塾の先生になるなんて1ミリも思ってなかったよ」

と答えていました。

結果、娘たちが志望したのは、何だか色々学べそうな文理融合学部。

オープンキャンパスに足を運び、ネットで調べ、自分の興味のある分野について学べそうな大学を選びました。

(それにこだわり、長女は浪人中)

そして、大学在学中に海外留学もして さらに視野を広げてから仕事については考えたいと。

私も娘たちの考えに賛成です。

やり直しのきかない大学生活なんて

今の日本の大学受験制度だと、気づいたら法学部生になっていた、というような学生がたくさんいるとのこと。

別に真剣に法学を学びたいと考えていたわけではないけれど、銘柄と偏差値的に法学部が良さそう、と思って法学部に入学したのはいいけれど、やっぱりボクは経済を学びたい!と思っても後の祭り。経済学部に移ることはできない。

学部でも決めるのは難しいのに、入試の時点で学科まで決めなければならないとしたら、縛りがきつすぎると思います。

入学後に一般教養科目を履修してみて、初めて自分の進みたい道が見えるという子もたくさんいると思います。

早稲田大学の文学部は1年次終了時に専攻を決められたのですが、アレは良かったな。

入学後1年間で、歴史学、法学、美術史学、生理学、英語、第二外国語、文学など 様々な一般教養科目を履修してから、後の3年間で自分が何を専門に学びたいのかを決められました(東大や北大は、さらに融通がききますよね)。

荒井教授のご指摘のように、

大学一括入試が実現して、入学後に専門を決められるようになる

あるいは

大学への進学準備期間として、高校を2年間延長する

ことが実現すれば、進路に悩める高校生の救いになるに違いない。

そして、真の意味での高大接続改革を実現してほしい。

そのためにも、是非とも 高校・大学・企業が垣根を越えて話し合う機会を設け、教育を改革・改善してほしいと思います。

いつの時代も 教育改革のシワ寄せは、今を生きねばならない子どもたちにいってしまうのだから。

なんだかんだ不満に思っていたとしても、結局は現行の教育と受験制度に従うしかないんですよぉぉぉ。